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恋の骨

恋は落ちる、溺れると言われる。ならば恋は深いプールの様なものなのだろうか。

もし私が恋のプールを用意するとして、そこに落ちるとして、どんな風に溺れるだろうか。

 

 

恋のプールには、恋の匂いと恋の液体でプールの淵ぎりぎりまで満たしておこう。恋の液体はさらさらの水ではなくて、セックスの時に使うローションで満たしておこう。粘度が高く、よくへばりつくのを。私はローションの滑りが嫌いだ。

大量の恋のローションの恋の匂いは、きっと香りとは言えず臭気となるだろう。

 

恋のプールに私が私を突き落とす。私は泳げない。犬かきもできない。水の中ですらそうなのに、粘度の高いローションに塗れてはきっと身動きが取れないだろう。ずぶずぶと沈みながら重たいローションに苦戦しながらも、何とかプールの淵に立つもう一人の私に手を伸ばす。でも無駄だ。あれはただの抜け殻だから。

 

ずぶずぶ、ずぶずぶ沈んでいく。沈む姿は誰も見ていない。

 

 

 

粘度の高い恋のローションの中では、首を掻きむしったり、足をバタバタする事も、ろくにできない。だけど一応は試みる。結局ローションが絡み着いた重い手は首には届かず、足も満足に動かせない。体力を消耗するだけだ。

 

空気を漏らすまいと膨らませた頬の耐久時間は短く、私はあっという間に口を開けてしまう。口から鼻からローションが流れ込み、肺はローションでいっぱいになる。肌の色は悪くなり、耳から血を流し、汚物を流し、呼吸は止まり、心臓も止まる。恋のプールの臭気は耐え難いものになる。

 

 

 

 

ようやくその頃、恋のプールの淵に立つ私がプールの中を覗き込む。酷いざまだ。

でもこの恋のプールは人生で最後の恋のプールだから、私は私の身体をこの恋のプールに漬けておく。身体の隅々にまで、恋のプールの恋のローションが染み渡るように。それまで私はプールの淵に立っておく。だけどプールの淵に素足で立つ私の足の指に時々かかる滑りは、不快でしかない。

 

時を見て、私の身体を恋のプールから引き上げよう。やたら重いふやけた身体を、ローションの表面から持ち上げる。滑りが静かに滴り落ちるのと同じくして、ぶよぶよの肉体も恋のプールぼたぼた落ちる。落ちた肉はローションをよく含み、もう肉の形をしていない。恋のプールによく溶け込んでいる。臭いプールの淵で、残った骨だけをスーパーのビニール袋に入れる。

 

さてと。袋をぶんぶん振り回しながら、先祖っていう知らない人が眠っている墓とやらにビニール袋をぶち込もう。恋のプールは、ただ置いておけ。

 

 

 

 

「恋がしたい」

 

彼女と交わした最後の言葉。

彼女はその時、認知症を発症していたと思う。

家族である私達は、彼女の脳みそを活性化させようとあれこれ提案していた。とにかく何かをさせよう、何でもいい。興味のあることを。

娘であるは母は、ヒステリックに怒鳴るばかりだった。母はそんな自分も嫌になっていた。

 

そこに暇な大学生だった孫が「おばあちゃん家を掃除する」という名目で週に1日通った。全く仲も良くなく、この人との付き合い方がわからないまま大学生になった孫は、本当に掃除だけをして、一言二言話すだけで帰っていった。その時孫は彼女に「何かやりたい事はない?」と聞いたのだ。

 

なんかないの?なんかさ。

 

しばらくの間があった。

慎重に口が動く。

 

「恋がしたい」

 

 

その約10年後、彼女は施設で突然に亡くなった。彼女の唯一の遺言らしい遺言は、先に亡くなった夫と同じ戒名にして欲しいだった。私達は夫と同じにするために多めのお金を使った。

 

「恋がしたい」

 

彼女は言った。私が用意できそうなのは、あんな酷い恋のプールだが、彼女はあの恋のプールに入ってくれるだろうか。私は彼女の背中を押してもいいだろうか。押せるだろうか。

こんな恋のプールでも彼女に笑って欲しいのだが、無理だろうか。

 

 

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